おつかれさまです。
今回は、自分もよく使ってしまうので
気を付けなければと思っている言葉です。
『○○さんからお電話なんですけど』
『○○を貸してほしいんですけど』
辞書によると、『けど』の語源である『けれども』には2通りの使い方があります。
ひとつは“2つの事柄を結び付ける”使い方。
1 確定の逆接条件を表し、内容の矛盾する事柄を対比的に結びつける意を表す。「言うことはりっぱだ—、することはなってない」「年はとっている—、実に活動的だ」
2 ある事実を前置きとして述べ、本題に結びつける意を表す。「経験から言うんだ—、時間には厳しいほうがいい」「これおもしろい本だ—、君読まないか」
3 二つの事柄を単に結びつける意を表す。「野球番組も好きだ—、音楽番組も好きだ」「時間もない—、金もない」
(以上「大辞泉」より)
もうひとつは“言い切りを避けたり、消極的な願望を表す”使い方。
1 言い切りを避け、婉曲に表現する気持ちを表す。「あすなら行けるんです—」「父は今日出かけているんです—」
2 不安に思ったり、なかばあきらめたりしながらも、事柄の実現などを願う気持ちを表す。「このままお天気が続くといいんです—」
(以上「大辞泉」より)
ここで、最初の『お電話なんですけど』『貸してほしいんですけど』を改めて見ると、ちょっと不思議に思いませんか?
そう、ここで使われている『ですけど』には、上のどちらの使い方も含まれていないのです。強いていえば『お電話なんですけど、出られますか?』『貸してほしいんですけど、構いませんか?』という“2つの事柄を結び付ける”文章の省略というところでしょうか。
せっかく丁寧に話しているのに、なぜ省略するのでしょう。
相手にわざわざ文章の続きを推測させようとするのでは、思いやりのある言葉遣いとは言えない気がします。
もちろん“遠回しな表現”が適切な場合はこの限りではありませんが、電話の取り次ぎなどでそんなことになる可能性はあまりないでしょう。
しかも、『けど』自体が“くだけた感じを伴う”省略語なのです。
◆「けれども」は中世末、形容詞活用の已然形語尾に接続助詞「ども」が付いてできたもの。近世前期になると、くだけた感じを伴う「けれど」「けど」が生じ、後期には、「けども」が成立した。
(以上「大辞泉」より)
長ったらしく話すのがはばかられるなら、
『○○さんからお電話です』
『○○を貸していただけませんか?』
だけでも充分に丁寧な表現になります。
言葉遣いからは離れますが、『ですけどぉ』とだらしなく発声すると、口先も尖ってしまって、あまり印象がよくないようにも思います。
手短に、かつ感じのよい言葉遣いができるようになりたいものです。
