先日飲み会の席でいつもの悪いクセが出て「スピード社のレーザーレーサーが方南町のドンキで50%OFFで売られていた」と云う創作話をしてしまい、真に受けられて大変物議を醸してしまいました。
地球の自転速度に遅れが無ければ今年ももうすぐ終わってしまいますが、今頃になると誰でも夏より以前のコトは結構忘れてしまっているようですね。(私だけかな?)
今「スピード」と言えば「完全復活!4度目の紅白出場」です。
年末で皆様もお忙しいことでしょうし、こうやって原稿を書いていてもアチコチを走り回る先生方の足音がうるさいので、テンションノートの少ない平凡なイントロはこれくらいにして今回も「困った時の世田谷線」の続きを。
先月勝手に「鉄道珍百景」に認定してしまった若林踏切のある「三軒茶屋」~「下高井戸」間の路線は、渋谷と二子玉川間を路面電車のように走っていた「東急玉川線」の支線の一つでした。
「玉電」と言う愛称は長く引き継がれ、玉電を地下に移設したような形態となった東急田園都市線の同区間も最近までは(新しい玉川線)=「新玉線」と呼ばれていました。(こう呼んだのは私だけではありません)
1969年に廃止になる迄、路面電車時代の玉川線は三軒茶屋から先も国道246の上を「日野コンテッサ」や「プリンススカイライン」や「都営トロリーバス」と競い合いながら渋谷へと向かっていました。現在首都高の大橋ジャンクションの建設場所になっている所には大きな車庫もありました。
道玄坂の上からは今の渋谷のマークシティ方向へと進み、マークシティへの連絡通路になってしまった地下鉄銀座線と井の頭線の隙間を一気に渋谷駅の二階(山手線外回りのホームのある場所です)の終点迄ジェットコースターのように下っていったのです。車止の先には山手線の改札口があるのですがから、運転手さんもさぞやスリリングな毎日だったことでしょう!(先月からリストやムソルグスキーやD-51を口ずさんでいた方はここで終わりです)
いよいよ「オタク的要素の強い」内容になりますが、短い距離とは言えここの勾配はかなりのもので、JRで一番の急勾配であった信越本線の横川~軽井沢間(長野新幹線開通によってこの区間は廃止となってしまいました)と同じ66.7‰(1000mの距離で66.7mの高低差)でした。(関西の京阪京津線の蹴上駅周辺にも同程度の勾配があったのですが10年ほど前に廃線となりました。ちなみに国内に現存する路線では箱根登山鉄道の80‰がダントツ1位です)
何しろ2両編成全長で30m程度の電車の両端で2mもの高低差が生じるのですから、玉川線の乗ってこの地点に電車が進入すると吊革が徐々に斜めになっていくのが判りました。(そんな光景を見て喜んでいたのはさすがに私だけでした)
この区間の勾配には及びませんが現在身近で似た光景に遭遇できるのは都電荒川線の「王子駅前」~「飛鳥山」間かと思います。下りの京浜東北線に乗って王子駅を出発した直後、左側に急坂を登っている都電の路線を見ることができます。
東急世田谷線の話も渋谷駅迄来てしまったので今回はこの辺で穏やかに終わります。(表題も年齢相応に「玉電回想」とかにした方が渋くて良かったかな?)
(何かの間違いで)今年一年このコラムを読んでくださった方々、どうも有り難うございました。まったく何の役にも立たなかったでしょうが忍耐力だけは増進した筈です。
次回は新春特大号です!物議を醸した飲み会の二次会で「あれれ~声が/声変わりくん(単なるヘリウムガスです)」を吸いながらPerfumeの「ポリリズム」を歌ったノリで続けてみます。[東急線運賃体系の不思議]とか[地下鉄銀座線珍百景]とか・・・・楽しみにはしないで下さい。
=月並なエンディング(C→Fm6→C△7)ではありますが忍耐力の強くなった皆様「どうぞ良いお年を!」=